掲示伝道(5月no2)
「 〈共に不急の事を諍う〉『仏説無量寿経』
人生の一大事を忘れて どうでもよい事を諍っていませんか 」
論語の里仁第四に「朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり」との世に膾炙した教えがありますが、ここで云う道とは「人界に生を受けた真実〈まこと〉の意義」と解釈してもよいのではないでしょうか。朝〈あした〉に真に人としての道を聞き知ることができたならば、夕べに命尽きても何ら悔いることはないと理解してよろしいのでしょうか。
「人生の意義は長さではなく深さにある」との言葉を聞いたことがありますが、ここにある「深さ」とは論語の道と云うことでしょうか。人の道とは深めても深めても尽きぬ道とも思われますが、欲望の赴くままに世に流される人生であったなら、瓦全と云いますが酔生夢死といいましょうか、この様な人生であるなら百年生きようとただただ虚しい一生であったとしかいい様がありません。
人としての求道の心を忘れると、人としてどうでもよいことを一大事の如く執着し、人と争い奪い合うと云った人ならぬ餓鬼の一生で終わることになるのではないでしょうか。
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