掲示伝道(4月no2)

「花には散ったあとの悲しみはない。

   ただ一途に咲いた喜びだけが残るのだ」坂村真民


 仏教が説く諸行無常とは、あらゆる存在は常に変化し、移り変わるものだというこの世の真理を説いたものです。これを私たちの思いで受け取れば、その事実は辛く悲しいものとして受け止められるのかもしれません。

 この真理を私たちのいのちとして受け止めれば、いずれ死すべきいのちを生きているということでしょう。私たちはこのいのちの真理を、生は善いものとして、死は悪しきものとして受け止め、死を見ないように、遠ざけて生きようとするのです。

 しかし、私たちのいのちは生死一如のいのちです。死を見ないようにして生きるということは、「いま・ここ・私」の生も見えなくしているのではないでしょうか。いずれ死すべきいのちだからこそ、いま与えられたいのちの尊さがあるのではないでしょうか。

 愛する人との死別は確かに辛く悲しいことですし、また、自分の死を考えれば、恐ろしくなって目を背けたくなるのが私たちです。しかし、だからこそ目を背けてはいけないのではないでしょうか。その厳粛な我が身の事実を事実として受け止めてこそ、はじめて、「いま・ここ・私」に与えられたいのちを喜び、大切に生きていくことができるのではないでしょうか。

 「あなたのその有限の尊いいのちに目覚めよ!」と南無阿弥陀仏は私たちにはたらきかけてくださっているのです。

真宗大谷派 霊苔山 金相寺

親鸞聖人の「南無阿弥陀仏」のみ教えを共に聞法するお寺です