掲示伝道(2月no2)
「人類は賢くなったが、愚かさは変わっていない」アインシュタイン
相対性理論で知られ、20世紀最大の理論物理学者と言われるアインシュタイン。現代科学におけるその功績は計り知れないものがあります。その影響もあり、その後、さまざまな科学者が現れ、現代では量子力学という分野の学問が発達し、科学技術は飛躍的に進歩しました。
私が幼少期の頃にはスマートフォンなど想像もできない、映画の世界のことのように思えましたが、いまでは老若男女、誰もが手にするような時代となりました。AIが発達し、自分で考えずとも、なんでもAIが処理してくれるような時代でもあるようです。その科学の進歩は今後どうなっていくのか想像すらできません。
このような現代を生きていると、人類は確かに賢くなったと言えるのかもしれません。しかし、そんな賢くなったと思われる現代人にアインシュタインは「愚かさは変わっていない」と言います。
人間の愚かさとはどのようなことを言うのでしょうか? 親鸞聖人は『一念多念文意』のなかで、
「凡夫」というは、無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ、おおく、ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず
とおっしゃいます。この凡夫の相こそが人間の愚かさなのでしょう。その愚かさはいくら賢くなっても何も変わらないのです。現に人間は「欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ、おおく、ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえ」ませんから、絶えず争いを繰り返し、多くのいのちが失われています。争いがなくなったことなど、人類史上あったためしがありません。身近なところでも同じことです。
大事なことは、その愚かさを本当の意味で我が身の事実として教えられること以外にはないのでしょう。その我が身を教えるはたらきこそが南無阿弥陀仏であり、仏法なのです。
今こそ、仏法聴聞が大事にされなければならないとアインシュタインから教えていただきました。みなさんはどう思われますか?
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