掲示伝道(12月no1)

「 宗教的救いは魔を拝んでいた者が仏を拝む身になること 」


旅行好きの方でも、この2年ほどは新型コロナ拡大の影響で旅行は控えておられたと思いますが、日本国内を旅行する場合、有名な神社仏閣を参拝されることは多いと思われます。

神社はさておいて、仏閣は仏さまが祀られてあります。多くの方は、仏さまは霊力をもって私たち人間の願いを叶えてくださる存在のように思われていないでしょうか。そのような思いで仏を拝むのであれば、仏さまを勝手に仏ならぬ魔にして拝んでいることになるのではないでしょうか。仏さまはそのような利己的な欲望煩悩に振り回され悩み苦しんでいる私たちに、煩悩に振り回されることなく一味平等の安らかな仏の世界に覚めてくれと私たちに呼びかけられている存在です。仏を勝手に魔にして拝んでいた私たちが、仏の呼び声に覚め、仏さまを拝まんとの思いが起こった時、私たちは迷いの苦しみから解放され救われるということではないでしょうか。

真宗大谷派 霊苔山 金相寺

親鸞聖人の「南無阿弥陀仏」のみ教えを共に聞法するお寺です